ボトルシップ

大正初期に作られたらしいボトルシップの展示開始。
第2次大戦もあったのに個人のお宅でよく御無事・・・で保存されていたと思う。
近年になって市に寄贈されたもの。
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ケースに触らずに撮らなければならないし、ガラスケースに光が写りこみうまく撮れない。
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ガラス瓶の中に船が・・・どうやって作るのかしら?
よく見ると周りにはドイツらしい町並みも入っている。

新聞記事情報
習志野市には、大正四年(1915)九月から4年4か月の間、最盛期には一千名近いドイツ兵がいました。彼らは、大正三年(1914)に勃発した第一次世界大戦において、中国・青島をめぐって行われた日独戦争に敗れ、捕虜となったドイツ兵でした。
その俘虜収容所が、今の東習志野四・五丁目の一角に設置され、「習志野俘虜収容所」と呼ばれていました。彼ら捕虜となった兵士は、収容所の中で勉強会を開いたり、仲間で編成したオーケストラでは「美しく青きドナウ」を奏で、劇団ではイプセンを上演し、サッカーやテニス、ドイツ体操などのスポーツも盛んに行われていました。
収容所長であった西郷寅太郎大佐は、戦いに敗れ囚われの身となった彼らに、深い理解を持っていたといいます。また、何より貴重なことは、彼らドイツ兵が鉄条網の中で当時の習志野の人々とは何の関係も無く過ごしていた訳ではなく、収容所にドイツ兵の洗濯の手伝いに通われた方もいれば、ソーセージの作り方を伝授してくれたドイツ兵もいたのです。
収容所内に入って、捕虜の演芸会を見ていた子どもたちもいたといいます。
さらに、解放後も日本にとどまり、学術や教育、産業の振興に力を尽くされた方もおりました。

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by ymere | 2013-05-15 17:01 | 雑記 | Comments(0)

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